樹よ、いまどこにいる? 業界人気ナンバーワンから浮動のAV女王へ。
ワタクシが、一番お仕事で接した回数が多いAV女優が樹まり子嬢です。といっても現役時代ではなく、最初の引退後のこと。週刊H誌上で、彼女をホステス役にしたAV女優対談連載企画で、約半年間ほど毎週、毎週顔をあわせておりました。
当時は男優K・T氏と同棲中で、主婦業の合間にアルバイト的に出てきてくれた感じでした。とにかく、明るくて性格がイイ。サバサバしているので、不思議なことにワタクシは色気はあまり感じませんでした。まあ、当時からテクニシャンとして名をはせていた人気男優K・Tの彼女ですからね、手を出そうという男は、この世の中に存在しなかったはずです。
デビューは青木さえ子なる芸名でダイヤモンド映像『素晴らしき日曜日』。この作品を当時観てみるのですが、新人にしては凄いなぁ、と思った記憶があります。同作品を監督したセクハラ大魔王S・D氏も撮影後に「このコは専属にした方がイイ」とD映像総帥M・T監督に進言したそうです。(静かなお嬢様系が好みのM監督ゆえ『否』の判断だったのでしょう。その後、爆発的な人気女優となり「惜しいことを致しました」と言ったとか言わないとか・笑)。
ただ、彼女は鳴る物入りで華々しいデビューしたわけではなく、最初はB級モデルの扱いでした。ルックスは秀逸でありながらも、ロリでもなく、アイドル系でもない。こういうコは受けないのでは、という時代だったのです。しかしながら、本番OKでNGなし。エッチもタフで、さらに、現場では明るく、ウケがイイ。まず、AV業界内で「凄いイイコがいるぞ」と話題になったのです。当時は、擬似&ゴムフェラというアイドル系も大勢いた時代ゆえに、規制なき女のコはそれだけでも希少価値が高かったのです。また、AV女優としてではなく、ひとりの女として彼女にマジで惚れていたAV業界人は非常に多かったのを思い出します。業界から一般へ人気が広がっていった珍しいパターンの女優でした。
連載終了後、92年にアイビック(倒産)から芸名を樹マリ子に変えて突然の復帰。見事なまでのスタイルで、以前より女っぷりを上げてのカンバックでした。連載当時、「復帰は絶対ない」と言っていたので、非常に驚いたことを思い出します。その後、K・T氏との同棲も解消し、いつしか彼女は完全に我々の前から姿を消しました。
そんな彼女と再会したのは、99年。人に連れていかれた六本木のキャバクラで「おおっ! 樹、何やってんだ!」という偶然の再会でした。姿を消していた4年の間は、海外旅行やサックスを習うなど、ひたすら普通に遊んでいたのだそう。当然、芸能関係からの誘いも多かったようですが、タレントになる気もなく、取材も「個人の取材は絶対に受けない」と言っていた彼女でした。でも、キャバクラに週刊H編集部の経費で日参して、何度もお願いすると結局は取材を承諾。頼まれると断れない性格は変わっていませんでした。
突然、復帰した裏事情も、そのときに聞いたのですが……ちょっとこれは書けません。(そうだったのかぁ。大変だったなぁ)とだけ言っておきましょう。出演数(復帰前で約60本)も多かったので、地下作品も多い彼女。今、改めて作品を観ても、ナイスな女だったなぁ〜と思います。
現在、樹まり子は再び我々の前から姿を消しています。
でも、いつかひょっこり戻ってきてくれるのでは、という期待も。
とにかく元気でいてください。
ワタクシも元気です。
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しま☆はるよし
89年に男性週刊誌『週刊宝石』の契約ライターとなり、同誌の伝説的
企画「あなたのオッパイ見せてください!」などのグラビア制作に携わる。
89年当初からAV担当となりAV女優インタビュー取材やヌードグラビアの
撮影コーディネートを手がける。現在も男性週刊誌、写真週刊誌、夕刊紙、
スポーツ紙などで幅広く取材&執筆中。
仕事に対するポリシーは『ヌードからフードまで』。