もはやこの方が元AV女優だったとは誰も思わないほどの活躍をしている飯島愛嬢。ベストセラー『プラトニックセックス』で、AVの過去をわざわざ書かなくても良かったのでは? と思えるほど。もちろん、彼女もAV時代に取材&撮影させていただいたことがあります。当時、彼女は一般週刊誌ではスケジュールを押さえることが不可能に近いほどの売れっ子だったのですが、偶然のように撮影するチャンスが飛び込んできました。
当時の所属事務所のK社長から「急にスケジュールが空いてしまったんで、飯島撮影します?」と嬉しい連絡。K社長(男前)とは飯島が所属する前からの付き合いがあったので、気を使ってくれたのだと思います。「あんまりギャラ払えないんだけど、いいの」「今回はいいですよ、気にしなくて」で、ギャラはわずかに10万円也。当時、彼女はビデオなら500以上、グラビアでも50以上は払わないと出演依頼の段階で門前払いという高額ギャラモデルでした。(その後も延々「飯島を10万で撮ったのはsimaさんだけです」とK社長には言われ続けましたけど・笑)。
インタビューすると必ず彼女が言っていたのは「私なんてあと3ヶ月後には消えてますよ」というセリフ。たしかに、当時のAV業界は半年サイクルでモデルが消えては出て、消えては出て、する時代でした。大人気ギャルの割りには偉ぶったところもなく、頭の回転が速いなぁ、と思った記憶があります。
その後、AVを脱却し、脱がない宣言。
このとき、AV業界ではさしたる人気女優もいない時代だったので、なんとか復活させようとあらゆる手段でK社長に働きかけたそうです。しかし、ガンとして彼は脱がせなかった。後はセクシータレントとしてTVに進出しますます人気に。あのとき、脱がなかったからこそ、今の彼女があるのでしょう。AVが誕生してから25年以上経過し、その間、無数のモデルが生まれているのですが、AVギャルから脱がないメジャータレントになったのは、いまだに彼女だけ。
その後に続けと及川奈央嬢や蒼井そら嬢も頑張っていますが、果たしてどこまで成り上がれるでしょうか。そういう視点で見ると、飯島愛嬢のバラエティタレントとしての才能、タレント性を凄い、と思うのです。
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しま☆はるよし
89年に男性週刊誌『週刊宝石』の契約ライターとなり、同誌の伝説的
企画「あなたのオッパイ見せてください!」などのグラビア制作に携わる。
89年当初からAV担当となりAV女優インタビュー取材やヌードグラビアの
撮影コーディネートを手がける。現在も男性週刊誌、写真週刊誌、夕刊紙、
スポーツ紙などで幅広く取材&執筆中。
仕事に対するポリシーは『ヌードからフードまで』。