須磨れい子嬢は90年にアロックスからデビューしたお嬢さん。メジャーメーカーから作品を出し続け、約3年に渡り業界で活躍した、当時としては息の長いAV女優でした。
彼女と最初に仕事をしたのは某男性週刊誌のインタビューでした。話の内容はすっかり忘れてしまったのですが、背も高くとにかくスタイルが良い、さらに顔も清楚系で(こういうコがAVに出る時代なんだよなぁ)と思ったのです。本来なら、この1回のインタビューで彼女との関係(単に仕事なんですけど)は終わるはずだったのですが、ひょんなことから彼女には美味しい仕事を回してあげることができたのです。週刊誌でライターをやっていると、通常業務以外の依頼を受けることがあります。そのなかでも数年にわたって依頼があったのが、某巨匠カメラマンI氏がソフトヌードカレンダーを制作するためのモデル選定作業でした。
当時はAV女優に関して非常に詳しかったので「イイコを探し出してくれ」と依頼を受けたのです。週刊誌のグラビアならば顔が可愛く胸がデカいコをとりあえず出しておけばOKですが、カレンダーとなると話が違います。巨匠は、和服でのヌードを希望しておりました。
「派手なおねーちゃんじゃなくて、上品なコがイイな」
「スタイルはもちろんよくないとな」
「和服だからケバい顔立ちはダメ」
「胸も今は巨乳が流行っているけど、和服だから控え目な胸」
簡単なようでヌードモデルとなると、この条件を満たすのがなかなか難しい。しかも、カレンダーはある種広告的に展開する媒体なので、パブリシティ全開(つまり親バレ関係なし)のコではないとダメだったのです。あれこれ女のコの宣材を見せても、全然イイ顔をしない巨匠カメラマン。(こいつダメじゃねぇか)的ピンチに陥ったワタクシを、救ってくれたのが須磨れい子嬢でした。「いいじゃない、胸も控え目で」と巨匠。須磨嬢のマネージャーからも「いや〜イイ仕事振っていただいて、ありがとうございます!」と感謝されました。
カレンダーですから表紙も含めて7カットのみ。撮影は高級温泉でのロケ。そして、彼女のギャラはなんと100万円也。バブルでしたねぇ。たしか、その翌年も彼女がその仕事をしたはず。ちなみにワタクシの口利き料も10万円。バブルでした。ワタクシ的にも美味しい仕事でした。あ〜あ、あの頃に戻りたいぃ。
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しま☆はるよし
89年に男性週刊誌『週刊宝石』の契約ライターとなり、同誌の伝説的
企画「あなたのオッパイ見せてください!」などのグラビア制作に携わる。
89年当初からAV担当となりAV女優インタビュー取材やヌードグラビアの
撮影コーディネートを手がける。現在も男性週刊誌、写真週刊誌、夕刊紙、
スポーツ紙などで幅広く取材&執筆中。
仕事に対するポリシーは『ヌードからフードまで』。