昨今のAV女優というのは、皆さんスタイルも顔もタレントレベル。デビュー間もない新人AV嬢のインタビューする仕事も多いのですが、性格もイイコが多いなぁ、と感じます。それでも、最近は撮れる作品というのは20本程度でしょうか。1社目が専属契約となって年間12本。その後、2社目で6本、3社目で3本。かなりのハイレベルなコでも、これで終わってしまうという悲しい世界。
しかしながら、80年代後半から90年代頭の黄金時代には(なんでこのコが人気なの?)という多少の難アリお嬢さんでも40本、50本と今では信じられない作品本数に主演していたのです。しかも、現在よりもギャラがいい時代でございました。背景には事務所の力もあったり、全体的なAV女優数の少なさもあるのでしょうが、そういう時代を知っていると、最近のコが不憫で不憫で……。
当時、ワタクシが最も(なんでこのコが人気なの?)と思っていたのが、いとうしいな嬢。色白&マシュマロ巨乳がウリの女のコで、当時は童顔で可愛いといわれていた顔立ちですが……まあ、今で言えばMEGUMI系の顔立ちなのでしょうかねえ。容姿に関しては、基本的に悪く書くことはないのですが、当時インタビューしていて(このコはカン違いしてるよなぁ〜)と正直言って思ったのです。そのインタビューは放送作家のF・K氏が国際体位カウンセラーという立場でホスト役で進行する雑誌の対談だったのですが、まずは堂々たる遅刻。まあ、遅刻してくるコや現場を平気で飛ばす(ばっくれる)コも多い時代ですから、そのあたりは容認する業界です。しかし、態度に関しても……まあ、オブラートに包んで表現をするならば実に堂々としているわけです。ちょっとご立腹気味のF・K氏が遅刻に関してさりげなく質問すると、「私がいなければ、どこの現場が回らないわけだし」
おっしゃるとおり!あまりにも答えが正直過ぎて……。
スタイルはたしかにナイスでした。背も高く、胸もデカい。当時は本番OKというコも少ない時代でしたので、そういう面も良かったのでしょう。しかしながら、一緒に仕事するスタッフは大変だろうなぁ〜と。とにかく、最初はあまりイイ印象を持っておりませんでした。
しかし、その後、彼女の人気の秘密をなんとなく理解するチャンスがありました。
当時はAV女優(卵のコもいました)がホステスとなる飲み屋も人気で、六本木にはプシカルという豊丸嬢がママを務めるクラブがあり、そこで彼女も働いておりました。その店で、関連筋のAVプロダクションのマネージャー氏と飲んでいると、GパンにピチピチのTシャツという超ラフな姿で出勤&そのまま接客をするしいな嬢。お値段的には、かなり高級なお店だったのですが、実にラフ。他のコはそれなりのドレスなどを着ていたので、あのファッションは彼女の自己主張だったのでしょう。
驚いたのは、常連らしき中年男性客(少々強面)を見つけると、「おお、今日も来たのかよぉ! このハゲ!」といいながら客の頭をぺチンと叩いたのです。さすがに客も「何すんじゃ、このアマぁ!」と怒鳴りながら立ち上がるのかと思ったら……。「なんだよぉ、叩くなよぉ、へへヘヘッ」とヘラヘラ笑うのみ。すかさず、しいな嬢は、叩いたハゲ頭に自分の胸を押し付けて、「よし、オッパイ刺激で毛を生やすぞ!」「なんだよぉ、エヘヘヘッ」とさらにやに下がる中年客。
ああ、女の乳に勝てるものは、この世にないんだ、と悟った瞬間でした。
いまさらながら彼女の作品を観てみたのですが……やっぱり、オッパイを武器に世の中を渡る術を知っていたのでしょうね。
⇒⇒⇒いとうしいな大全集⇒⇒⇒
しま☆はるよし
89年に男性週刊誌『週刊宝石』の契約ライターとなり、同誌の伝説的
企画「あなたのオッパイ見せてください!」などのグラビア制作に携わる。
89年当初からAV担当となりAV女優インタビュー取材やヌードグラビアの
撮影コーディネートを手がける。現在も男性週刊誌、写真週刊誌、夕刊紙、
スポーツ紙などで幅広く取材&執筆中。
仕事に対するポリシーは『ヌードからフードまで』。